「和食」のつぼ

しきたり
−年中行事と食のしきたり−地蔵盆

     月遅れのお盆を過ぎると、いよいよ秋の気配が近づいてきます。日中はまだまだ蒸し暑さが厳しいものの、夜には秋の虫たちが鳴きはじめ、季節の移ろいを実感しますね。子どもたちにとっては楽しい夏休みも終盤。そんな8月下旬に行われる行事が「地蔵盆」です。

     地蔵盆は京都府、大阪府、滋賀県、奈良県、兵庫県、福井県など、近畿地方を中心に行われてきたお地蔵さまの行事で、子どもたちの健やかな成長や無病息災を願う意味もあります。主に8月23、24日に、地域の地蔵堂やお寺に祀られた地蔵尊を提灯などで華やかに飾り付け、お供え物をして、そこに子どもたちが集って遊んだり、数珠繰りをしたり、盆踊りをすることも。京都や若狭地方では、お地蔵さまに白粉を塗って化粧をほどこし、絵の具で顔や衣装などを描き、カラフルなお地蔵さまで地蔵盆を祝う地域もあります。

     現在のように地蔵盆と呼ぶようになったのは明治以降で、それ以前の江戸時代の記録には、「地蔵祭」や「地蔵会」という名前で登場します。江戸時代前期の京都の年中行事を解説した『日次紀事』(1676)には「洛下の童児地蔵祭り」とありますし、文化年間の『諸国風俗問状』の答えには、現在の福井県小浜市からの回答に、地蔵祭にいろいろな供物が並び、子どもが集まり、鐘を打ち鳴らすと報告があります。こうした記述を見るに、江戸時代から、地蔵祭りは子どもたち中心の信仰行事であったことがうかがえます。

     江戸時代の地蔵祭がどんな様子だったのかを、京阪を旅した曲亭馬琴が書き残しています。『羇旅漫録』(1803)には、「京都の町々で地蔵祭があり、地蔵尊を安置し、いろいろな供物をかざり、仏像の前で夜通し酒盛りをして遊ぶ」とあり、お地蔵さまの前で賑やかに飲食する姿が目に浮かぶようです。そのほかにも、京都の記録からは、小豆飯や煮しめ、ひたし物、供物の素麺やカボチャ、さつま芋なども調理して振る舞われていたようです。地域の人たちが集まって食事をしたりお酒を酌み交わしたり、たのしい行事だったのでしょう。

     わたしも子どもの頃にはワクワクした気持ちで地蔵盆に参加したものでした。大阪では、今でも子どもたちの行事としてしっかり根付いており、お寺や幼稚園では縁日が開かれたり、地区のお地蔵さまにお参りすれば駄菓子の詰め合わせがもらえたり、子どもたちにとっては夏休み最後のたのしいイベントです。
     地蔵盆が終われば、いよいよ長かった夏休みもおしまい。いっぱい遊んでも元気いっぱいの子どもたちと、ヘトヘトになった親たちは、体調と気持ちを整えて、2学期のスタートを待つのです。

     令和4年7月から4回にわたって、季節の行事と食について書かせていただきました。日本の巡る季節に合わせて続けられてきた年中行事は、今回ご紹介した以外にもまだまだたくさんあります。今年もまたこの季節がやってきたと、年月を慈しみ、幸せを感じられる毎日をこれからも送れたらと願います。

     この連載を企画してくださった事務局の皆さま、拙い文章をお読みいただいた皆さまに、感謝申し上げます。どうもありがとうございました。

    清 絢

    小浜市の地蔵盆 小浜市提供
    美しく塗られたお地蔵さま 小浜市提供
    地蔵尊(大阪市にて筆者撮影)
    難波鑑地蔵祭(『難波鑑』(巻4)、国会図書館デジタルコレクションより)

    次回は、9月1日(木)です。