すり鉢と聞いて思い浮かぶのは外側が茶色で内側に細かい放射状の筋が入っている鉢。食材をすりつぶしながら混ぜるための道具です。すりこ木と合わせて使われます。昔は味噌も粒味噌がほとんどで、味噌汁もまずは味噌をすり鉢ですることから始めていました。そして胡麻和えや、豆腐の白和えなど、和食の日常食でもある和え物を作る時、すり鉢は無くてはならないものでした。どの家庭にもありましたが、今ではフードプロセッサーやミキサーなどの普及でだんだんと使われることが減ってきました。
すり鉢は朝鮮半島から伝わり、当初は櫛目の無いものや付いていてもまばらでしかなく、現状に近い櫛目の付け方は江戸時代に備前で焼かれたものからだったようです。
すり鉢を製造されている常滑のヤマセ製陶所さんに、製造方法をお聞きしました。先ずは、すり鉢に適した粘土を配合し、すり鉢ごとの大きさに合わせた石膏型に入れてろくろを回しコテを使って成形します。それに自家製の鉄の目立てで職人が櫛目を引きます。中心から一筋ずつ、リズムよくぐるりと一回り引いていきます。職人ならではの手作業です。こうすることで角の立った櫛目になります。それに対して、型押しで筋をつけると丸みを帯びた櫛目になるのですり具合に差が出ます。1時間ほどで石膏型から外し、底やふちなどを削って少し丸みをつける。そして1か月ほど乾燥。そのあと内側に釉薬をかけ、外側には茶色く発色する釉薬をかけます。1200℃の窯で70時間ほどかけて焼き上げます。
今ではかける釉薬を昔ながらの茶色だけでなく、別の色合いや、食器のように絵付けをしたものもあります。そして形も注ぎ口が付いているものなど、バリエーションが増えました。小さいすり鉢は、とんかつ屋さんでも時折見かけます。客席で各自胡麻をすって、ソースを注ぎます。すりたての胡麻の香ばしさがソースにコクを与えます。それから、離乳食を作る時など、少量をすりつぶすのにちょうどよいです。
それから、する、すりという言葉を忌み嫌い「あたり鉢」と呼ぶこともあります。胡麻をあたるというように使います。同じようにするめを、「あたりめ」と呼ぶこともあります。商売の上でも縁起を担いできたようです。
胡麻をフライパンや鍋でゆっくりと煎り、それをすり鉢ですると香りよく仕上がります。とろろ汁を作る時、山芋や長芋を直接すり鉢ですりおろし、様子を見ながらだしと調味料を入れてすり合わせていくと、滑らかでふわっとした状態に仕上がります。
すり鉢で丁寧にすることによって生まれる美味しさがあります。
日本料理一灯 長田 勇久