「和食」のつぼ Vol.2

和のスパイス
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     江戸で広がりを見せたわさびでしたが、現在のように日本各地で使われるようになるにはしばらく時間がかかります。鮮度維持の技術と流通網が確立している現代とは環境が違いすぎます。また一般の野菜と比べても栽培が難しく、育成期間も長く必要で大量生産には向いていません。市場で需要が高まれば当然高値で取引されるわけで、こういった理由で日本全国にわさびが浸透するまでに時間がかかりました。一つの転機が今からちょうど100年前の関東大震災です。被災し住むところを奪われた人々は、新しい居住地を求めて地方へと分散してゆきます。この時に4大名物食(握りずし、蕎麦きり、天ぷら、うなぎ)や海外から入ってきた洋食(カレーやカツレツなど明治時代以降の人気メニュー)が日本各地に広がってゆきます。

     そして昭和の初期に画期的な発明が生まれます。それが「わさび粉」 です。抹茶の製法から着想を得たと言われていますが、わさびを乾燥させて粉末にし、使うときに水で戻すというアイデアは、わさびが持つ刺激的な風味を長期保存させるという点において素晴らしい考えでした。
     かなり大まかな説明になりますが、わさびの辛みはわさびに含まれる酵素と水が反応して発生します。粉末のわさびを適量の水で練ることは、本わさびを鮫皮でおろすと「わさびが持つ水分と酵素が反応する」のと同じことと言えます。こういった発明が食文化を豊かなものにしてくれているのです。食品製造業に携わる者として、先人たちの努力には頭が下がります。「わさび粉」は当初、本わさびを原料として製造されていましたが、大量生産と価格安定の観点から、わさび原料に西洋わさび(ホースラディッシュ)を混ぜて、風味と辛味を再現しつつ安価で安定製造できるものへと進化して行きます。これが「粉わさび」です。この「粉わさび」の登場により、わさびが一般家庭に普及し始め、全国の寿司店や刺身や蕎麦の薬味として浸透してゆきました。さらに消費者ニーズに合わせて、小袋に入った練りわさびや一般家庭では今やおなじみのチューブ入り練りわさびへと進化してゆきます。

     こうして日本各地へ広まったわさびですが、この食品加工技術の進化のおかげで現在では、日本食ブームを背景に世界中に広がっていき、最近では海外でも好んで食べられています。わさびの日本からの輸出額は堅調に伸びています。また、一部の国々では本わさび栽培が成功しており、わさびの味が多くの人に認められ好まれています。わさびとの相性が良い醤油がすでに海外では人気の調味料となっており、このこともわさびが海外で受け入れられている大きな要因とも言えます。

     海外では料理にスパイスを当たり前のように使います。日本のわさびをスパイスとして使いこなすことは、案外と抵抗はないのかもしれません。カルフォルニアロールでアボカドに合わせてみるとかマヨネーズにあえてドレッシングにしてみたり、ステーキに使ってみたりと日本ではなかなか思いつかないアイデアが生まれています。
     日本のわさびが世界で人気を集めていることは大変喜ばしいことです。
    その分私たち日本人は、わさびの食文化についてもっと理解を深め大切にし、次世代にきちんと伝えていかなければならないと強く感じています。
     世界中で日本のわさびは最高だ!と言われ続けるよう、日本国内でもわさびを盛り上げてゆきたいと思います。

    ハウス食品グループ本社株式会社 堀井 志郎

    次回は、2024年1月5日を予定しております。