つなぐ「“わ”食」よもやま話

−早春の和菓子のお話−

     桜が咲く頃に桜餅、秋の盛りに栗の菓子、一見良さそうにも思われますが、江戸の文化ではそれは野暮なこと。菓子屋も、料理屋も、着物の柄も、季節を先取りすることを是としておりました。
     菓子屋の店頭も立春を過ぎたころから、徐々に春を意識した装いに変わっていきます。この時期私共が販売する季節の金鍔は桜、まだまだ河津桜がほころび始める時期ではありますが、桃花色のパッケージを見ると、陽光の春が近いことを感じさせてくれます
     この時期、私共の店で大変人気がある季節の生菓子はいちご大福。一般的にいちごの旬は冬というイメージがあるようですが、それはクリスマスケーキに多く使用されるから。本当に香りが乗ってくるのは早春の今からです。
     和菓子のレシピは江戸時代後期に完成されたものが多いのですが、いちご大福は1980年代に登場した、長い菓子の歴史のなかでは比較的新顔です。出自もはっきりしており、新宿曙橋にある大角玉屋のご主人がいままでに無い菓子をと作り出したもの。
     大福の中に果実を閉じ込めるという発想はそれまでの菓子屋にはなく、初めて目にしたときはその独創的なアイディアに驚いたものです。近年いちごの品種も増えその味わいは多種多様、年間を通じて最も愛されている和生菓子の一つではないか思います。
     私が好きな春先の菓子は、蓬(よもぎ)をしんこ餅(うるち米)に搗きこみ、餡を包んだ草餅。餅草とも呼ばれる蓬を、どの程度混ぜるかで餅生地の緑の深み、色の奥行が変わります。若草色、萌葱色、織部色、濃い色の方が鼻に抜ける蓬の香りは強くなりますが、そこは餡の風味とのバランス。それぞれの店が表現する味を食べ比べるのは今だけのお楽しみです。
     少し季節を先取りした菓子を食べながら、遠からじ春に想いを馳せる。そんな楽しみ方が出来ることも、季節の移ろいを大事にする日本の菓子の素晴らしさと思います。

    株式会社榮太樓總本舗 代表取締役社長 細田 将己