つなぐ「“わ”食」よもやま話

−だしの香りで正月を迎えた記憶−

     謹んで新年のご挨拶を申し上げます。今年は長い正月休みを迎えた方が多かったのではないでしょうか。良い年明けを迎えられましたでしょうか。
     正月に雑煮を食べる習慣がありますが、日本全国地域によって様々な雑煮文化が伝わっています。私の住む東京は澄まし汁仕立ての雑煮を食べる習慣が伝わっています。私の家ではいつからこのような雑煮を食べているかと言うと、「家内年中行事」という書物が残されており、文化12年(1815年)と記されているので、江戸時代後期から続いている事になります。そこに正月の儀礼食が記されており、現在もこれを再現しているのですが、材料を入手するのも難しくなっています。雑煮自体は本枯鰹節だしの澄まし汁仕立て、塩と濃口醤油で調味し、具材は焼餅と里芋、小松菜とシンプルです。元日から三が日の朝食は雑煮と共にお節として数の子、黒豆、勝栗、きんぴらごぼうと香の物を食べ、屠蘇で正月を祝うのが正月の習慣となっていました。勝栗は国産の物は中々見つからず、イタリア産であったりします。黒豆はふっくら艶々とした丹波種の黒豆ではなく、雁食い豆と言う少し平たくてしわのあるしっかりとした食感のある黒豆です。関東ではこの雁食い豆がよく食べられていましたが、これも数少なくなっています。
     元日は雑煮の出汁用に鰹節を削るのが子供の仕事でした。その削りたてのかつお節で引いた出汁で家中が本枯鰹節の香りに包まれ、芳醇になります。やはり本枯鰹節の素晴らしさはうま味だけではなく、香りの良さにあると思います。私は鰹節の良い香りの中で迎える正月が大好きです。今は昆布と鰹節の合わせ出汁の方が、美味しいと頭では分かっていますが、本枯鰹節の出汁だけでも香りも有り十分に美味しいと感じます。そこに濃口醤油を少し加え、出汁を一煮立ちさせて醤油臭を飛ばす事を母から教わりました。考えてみると本枯鰹節の出汁と濃口醤油でうま味の相乗効果は得られているのだと分かりました。雑煮の餅は切り餅を焼いて汁に入れます。西日本では丸餅が多いですが、東京では焼いてふっくらと膨らんだ餅が丸くなり、鏡のようになるから良いのだとか。関東と関西、それ以外でも異なる食文化が多くあり面白いですね。子供の頃は正月がとても質素だなあ、と思っていたのですが、鰹節のとても良い香りに包まれて家族皆で新年を祝う、とても素晴らしい時間であったと改めて思います。私は料理人ではないですが、このような体験が今も料理をするきっかけとなり、和食を好きになっている理由な気がします。
     各家庭や地域に伝わる特色ある雑煮を食べるのも、正月の食文化を改めて知る良い機会であると思いますし、和食の良さを考える機会にもなるのではないでしょうか。普段何気なく食べている食事が実は長く継承されてきた物であることが再発見できるかもしれません。時代の流れにより、新たに融合もしていく食もあると思いますが、これらの和食文化が続いていく事を願っています。

    株式会社にんべん 代表取締役社長 髙津 伊兵衛

    江戸時代の書物「家内年中行事」
    髙津家雑煮