つなぐ「“わ”食」よもやま話

−Nabeno-Ismと奥井海生堂蔵囲い昆布との足跡−

    Nabeno-Ismと奥井海生堂蔵囲い昆布の融合から生まれたスペシャリテ

     ジョエルロブションでなぜ?私が21年間在籍させて頂き、料理を作り続けたのか?原点はある一品との出会いからでした。1988年Paris レストランジャマン…
    そうです、1982年に開業したムッシュロブションの最初の店です。開業から3年目の1984年にミシュラン史上最短で三つ星に駆け上がった伝説の名店、三つ星獲得から四年後の最も勢いがあったその年の冬に私は辻調理師専門学校フランス校の仲間とテーブルを予約いたしました。
     その食卓で食べた「甲殻類ジュレとオシェトラキャビア、滑らかなカリフラワーのクリーム」を食べた時の衝撃たるや!今もその味、香り、テクスチャー、味のハーモニー、今までにない一体感…滑らかな質感でキャビアを最も美味しく食べさせる料理と調理師学校学生の分際ながらも感じ取る事が出来た一品でいつか自分の手で作る事が出来たら、いつかロブション氏と働く事が出来たらなんて幸せなんだろう…と強く思い、未来の道筋を決意させてくれた至高の一品でした。

     1994年の秋、平成元年にフランス料理業界に足を踏み入れてから6年の歳月が流れ、そのチャンスが舞い込みました。恵比寿シャトーレストランタイユバンロブションのメインダイニング初代肉部門セクションシェフに抜擢され、毎日Parisのジャマンの料理を再現するというミッションが始まりました。
    ムッシュロブションは40代後半でバリバリの現役、フランス国外での初の出店、開業月にはParisの本店を休業し、3人のフランス人シェフを引き連れ来日、ムッシュは連日鬼の様な厳しい指導…
    昼70名夜70名の満席が一年以上続き、自分のセクションをこなすだけで精一杯でしたが、何とか時間を作り、前菜のセクションの仲間に色々と教えて頂き、私に衝撃を与えた「ジュレ・ド・キャビア」のレシピ、製法をラーニングすることが出来ました。
     全てにおいて高度な技術が要求されるその至高の一品は以後、21年間の勤務で何皿作ったのかわからないくらい毎日向き合わせて頂き、お客様に楽しんで頂いたのは私にとっての財産です。
    そして、2016年自身の店Nabeno-Ismを旗揚げし、店のスペシャリテを考案すべく、あのレジェンドシェフが創作した至高の一皿に少しだけでも近づけたら、との思いを込め私のスペシャリテ、「La Farine de sarrasin“両国江戸蕎麦ほそ川”の蕎麦粉をソースエミュリュッショネの技法で炊き上げた冷たいそばがき、奥井海生堂蔵囲い2年物昆布のジュレとのアンサンブル、オシェトラキャビア、ウォッカクリーム、おろしたて天城山葵と共に」を創作いたしました。キーポイントはいかにキャビアを美味しく食べさせるか?三層構造のバランス。昆布ジュレ、蕎麦がき、キャビアの一体感、鼻を抜ける香りの、ハーモニー、味わいの相乗効果…全てを精査し、核となる部分となるのでは?と答えを出したのがキャビアと同じヨード香を持つ昆布のジュレでした。
     以前、ロブション時代に家族旅行で福井県敦賀市に行かせて頂き、その年の子供達の夏休みの自由研究として、奥井社長に昆布の全てをご教授頂きました。
    その時の記憶、昆布蔵の香り、楽しかった時間が蘇り、「あの蔵囲い昆布しかない!」と 
    すぐに奥井社長に電話し、私の考えている料理のコンセプト、店のスペシャリテとしての品格、ロブション氏のスペシャリテのインスパイアと全てを御説明させて頂き、「このスペシャリテに最も相応しい昆布を選んで頂けないでしょうか?」とお伝えすると、奥井社長が「渡辺シェフ、利尻昆布香深浜産一等検「蔵囲物」二年でいかがでしょう」と早速送ってくれました。そして自分のイメージする料理の設計図を頭の中に置き、整えながらその昆布を使い、フランス料理側の技法で、水、塩、昆布をそれぞれ計量し真空パックに、温度を65℃に保ちながら40分煮出してから濾しゼラチンを入れ冷やしジュレとしました。滑り、香りの出過ぎてない繊細な、なおかつキャビアに負けない芯のある昆布ジュレが産まれました。
    以来8年間作り続けている料理となり、お客様にも大変喜んで頂いている一品となりました。
     その後も数々の奥井昆布を使ったフランス料理を創作し、ある百貨店の会報誌の企画で昆布料理を披露し、奥井社長に味わって頂き、対談という機会を頂き、その対談の中で奥井社長が「渡辺シェフ、昆布の旨味成分と母乳の成分に共通する部分が沢山あるんだよ」と教えて頂きました。なるほど、産まれてから初めて口にする「味」これは万国共通、全人類に受け入れて頂ける味わいではないか!と
     そして学生時代に読んだ日本料理の本の中に高麗橋吉兆の湯木 貞一氏のお言葉で「世界の名物日本料理」という御大が残した言葉があり、私が日本人としてフランス料理を作っていく上で味の核、根幹に据えた「昆布」の味が間違っていなかったと確信出来た素晴らしい日本が誇る食文化との出会いでした。
     これからも奥井昆布とフランス料理の融合を探求し続け新しい味の発見を重ねて行けたらと思います。

    レストラン Nabeno-Ism エグゼクティブシェフ CEO 渡辺 雄一郎

    ①La Farine de sarrasin
    “両国江戸蕎麦ほそ川”の蕎麦粉をソースエミュリュッ
    ショネの技法で炊き上げたそばがき、奥井海生堂蔵囲い2年物昆布のジュレとのアンサンブル、アキテーヌキャビア、ウォッカクリーム、おろしたて天城山葵と共に
    ②手延べそうめん香川県産「島の光」
    「奥井海生堂蔵囲2年物極 上利尻昆布」のジュレとのアンサンブル、 ウニ、甘えび、おろしたて天城わさびをあしらって
    ③フランス伝統料理 「キャロットラペ」オレンジ風味 アオリイカの糸造りオリーブオイル、柚子胡椒、いしりとあわせ「奥井海生堂 白とろろ昆布」を添え
    ④天然真鯛 「奥井海生堂・太白おぼろ昆布」を纏いムニエルに、旬の様々なきのこのナージュソース利尻粉末昆布仕上げ
    ⑤大山鶏ささみに「奥井海生堂 天上細目昆布」を貼り付けしっとりと加熱、焦がしバターの粒マスタードソース ハーブのサラダ

    次回は、11月1日を予定しております。