つなぐ「“わ”食」よもやま話

−昆布の不思議な話−

     なんといっても和食の中心「うま味」を支えるのが昆布と云われて久しいですが、意外と分かっていないのも昆布なのです。
     若い頃から昆布の産地の北海道を廻るようになって40年が経ちます。当時、父がまだ健在の頃、時間が取れるときは2週間かけて車で北海道一周2000キロを走っていました。
     北海道の角(つの)にあたる大きな岬周辺に海流が集まり、栄養たっぷりの海域になります。同時にその豊かな海域が、代表的な昆布の産地になります。当時から岬巡りをしていたようなものです。宗谷岬から知床半島、えりも岬から道南、恵山岬。どこも同じ様な景色ですが、海の中で収穫される昆布の形はそれぞれ違います。細くて10メートル以上もある長昆布から、幅はあっても丈の短い利尻昆布など様々です。
     昔、北海道大学の研究者から興味深い話をお聞きしました。4大銘柄といわれる代表的な昆布たちも実はDNA検査ではすべて同じものだということです。昆布のルーツは、ロシアの沿海州。北海道と地続きだった頃、その地のチジミ昆布が、根室、釧路に伝わり、えりも岬では日高昆布、道南函館近辺では真昆布、宗谷岬では利尻昆布、知床半島では羅臼昆布と、それぞれの地域で形態変化していったのではないかという話でした。
     胞子で次の命をつなぐ昆布。それぞれの胞子を別の地域に撒いても育ちません。それぞれの地域で、昆布の種類は決まりますが、日本の昆布のルーツは根室、釧路ではないかと考えられています。
     唯一、道南の真昆布の産地で、噴火湾をはさみ対岸の日高昆布が育つ浜があります。道南真昆布の生育地域に果敢にも割り込んで子孫をつたえ続ける昆布です。地元の漁師さんの話では、潮の流れがつながって、毎年日高昆布の胞子が流れ着くのではないかとの事です。他の地域では見られない珍現象ですが、残念ながらその勇猛果敢な昆布の価格は安く、殆ど地元消費で終わっています。一度敬意を表しに、その浜へ行き、道南で育つ日高昆布を見たいのですが、未だかなわず。
     根付いている岩場から引きちぎられ、根っこを切り取られ命を終えてしまう昆布。すぐその日に天日乾燥され、無機質な形にはなりますが、北海道の寒い荒海で2年間生き続け子孫を残し、それぞれの地域の自然環境や潮の流れにうまく合う形に身を残し、分かっているだけでも数千年の命を繋いでいます。北の冬の寒さや凍結から身を守るために「うま味」をたっぷりと蓄えているのでは、とお聞きしたのが、我が和食文化国民会議の伏木会長からでした。
     本当にしたたかな昆布。されど私にはそのしたたかさが無性に気になり、惹き込まれるのです。家業の昆布商を継いで半世紀。北海道へ行くたび、いまだに漁師さんから、不思議な昆布の話を聞けるのを一番の楽しみにしています。

    株式会社奥井海生堂 代表取締役 奥井 隆

    新蔵
    天然昆布漁

    次回は、9月17日を予定しております。