「和食」のつぼ Vol.2

和のスパイス
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     最近、外食ではスパイスカレーが人気となっているそうです。また、コロナ渦で自宅調理が増えた分スパイスを調合してカレーを作る方が増えたといわれています。スパイスから作るカレーは、調理に積極的な男性にも興味をそそられるメニューになっているようです。
     そもそもスパイスとはどういうものなのでしょうか。一般に「原料はすべて植物である」とされていて、種や葉、木の皮、つぼみ、実などを乾燥させたものです。また、香りの強い葉など食感の柔らかいものはハーブと呼ばれ、生のまま多くの料理に使われています。(以降ここではハーブも含めてスパイスと呼称させていただきます。)

     このスパイス、主に西洋料理やエスニック料理に多く使われていて、外国のものだと思われている方も多いと思いますが、日本には世界に誇るべき和のスパイスがあります。
     その代表格が「わさび」です。学名をEutrema japonicumといい、アブラナ科ワサビ属の植物で、鼻に抜ける爽やかさとツーンとした刺激が特徴的な日本の特産品です。この、他のスパイスにはない特徴をもつわさびが日本食に使われるようになったのは江戸時代からと言われています。蕎麦の薬味として使われていた大根おろしの代替品としてわさびが使われ始めたようですが、シンプルな味わいの蕎麦に、いいアクセントをつけてくれるわさびは、その後大根おろしよりもポピュラーな薬味となって浸透してゆきます。
     このわさびが登場するタイミングが絶妙でした。ポイントは「江戸」です。当時の江戸は世界でも有数の規模を誇る大都市であり、日本経済の中心でした。当時の人口比率は男性が圧倒的に多く、労働力という意味でも活気あふれる街であったことが想像できます。この労働者の活力となる「食」が様々な形で発展することは疑う余地がありません。江戸時代中期には関東周辺で醤油の生産が盛んになります。醤油作りに適した気候、江戸川・利根川を利用した水運、また周辺に原料となる大豆・小麦を産する平野がひらけていたことで、醤油の一大産地となっていきます。また、江戸の街の目の前は栄養豊富な汽水域を含む一大漁場が広がっていました。東京湾です。新鮮で豊富な種類の魚介類が水揚げされます。冷蔵庫などないこの時代、寿司は保存性を高めるため「漬け」という醤油につけて下ごしらえをしています。ここに、現代では実験上優れた殺菌・抗菌効果が認められるわさびの辛み成分が合わさることで食の安全も考慮していたのではないでしょうか。(当時の人たちの経験から生まれた生活の知恵だったのではないかと推察します。)
     わさびは醤油との相性も抜群です。これは蕎麦つゆにも通じています。
     ただ、わさびは冷涼な環境を好むため、栽培は難しいとされて、産地も限られていたようです。また、わさびの特徴的な辛味や香りは多く揮発成分を含んでいて高温に弱く、収穫から長期間の保管が難しかったようです。生産地と消費地の物理的な距離、鮮度を維持する技術などこの時代にも物流の課題が存在していたのでしょう。生産地は今でも有名な静岡県の伊豆地域であったり長野県の安曇野地域であったりしますが、江戸時代には東海道が整備されていたことや、伊豆の港から海運で短時間での輸送が可能であった大消費地江戸は、需要と供給のバランスが取れた、わさびにとってはまさに理想的な街であったと思われます。
     このような条件がタイミングよく重なっていたことは見逃せません。江戸の4大名物食、握りずし、蕎麦きり、天ぷら、うなぎも独自の発展を遂げて行きますが、特に寿司や蕎麦にわさびが名わき役として存在していることは必然だったように思います。

     「宵越しの銭は持たねいやい」と食にも贅沢だった江戸っ子が「くぅ、今日のわさびはちっとも利かねえぜ」などと涙流して握りずしをつまんでいたかどうかはわかりませんが、日本が誇る和食文化の黎明期とともに「わさび」も存在していたようです。

    ハウス食品グループ本社 堀井 志郎

    次回は、12月18日を予定しております。