2月4は立春で、長かった冬ともお別れし春の始まりとなります。とはいえ、まだまだ太陽の日が当たらない道や畑には霜柱が立つところも多いと思います。現在は舗装された道路が多くなり、ぬかるみの道を歩かないで済みますが、霜柱が太陽の熱で溶けてぬかるみになった道は歩きづらかったものです。最近は見ることもないですが、土の中の霜柱がキラキラ光っていた光景は懐かしいです。立春を過ぎて木の芽もふくらみ、フキノトウやフクジュソウの花は春をいち早く告げる可憐な花です。
立春というと前日の節分のほかに思い出すのは「しもつかれ」という料理です。この料理を知ったのは家庭を持ってからでした。栃木出身の相方の行事食としての「しもつかれ」はとても興味深いものでした。2月の初午の日の「しもつかれ」はお稲荷さんに藁筒を二つ作り、赤飯としもつかれを入れて束ねて供えるものです(今年の初午は2月10日)。
正月料理に使った新巻鮭(荒巻鮭)の頭と節分の炒り大豆と、根菜類を材料として煮込んで、酒粕を加え、かならず大根おろしがはいります。鮭の塩味と煮汁のだし、酒粕とが味を決めます(酢は入りません)。その独特の味は寒さを忘れさせたかとおもいますが、慣れるまでにはちょっと時間がかかりました。栃木では隣近所で食べ比べるそうですから、大量に煮込んでそれぞれの味を楽しんだようです。核家族用に少量つくったのではなかなか合格点の味にはならず、結局、たくさん作って煮返して食べ疲れたころやっとなんとかなるのです。ということで、いつのころからか作らなくなりました。もっとも新巻鮭の入手がままならぬ時代にもなり、身欠鰊なども段取りよく戻して楽しんだものでしたが、食卓から消えました。
大根おろしは「おにおろし」という専用の目の粗い竹のおろし器でおろします。「しもつかれ」は栃木県境の群馬県東部や茨城県などで作られているようです。「すみつかれ」「しみつかれ」「すむつかり」など別名があり、ルーツは古く大豆を酢で漬けたものともいわれています。(*江戸時代に書かれた『嬉遊笑覧』には「醋むつかり」があり、「おにおろし」を「初午おろし」と呼ぶとある。)
荒巻鮭の頭から出るだしと塩味と酒粕のコンビは寒い時期の栄養補給にも一役買っていたに違いないと思います。
荒巻鮭はお歳暮の贈答に使われた時期がありましたが、最近は見かけません。東の塩鮭に対して西の塩鰤といわれ、一尾物の塩魚の代表でした。昭和40年代の高速道路開通や冷凍トラックなどが開発され、家庭にも冷蔵庫が当たり前の生活になると、荒巻鮭などの贈答文化は消えていく運命でした。豊かになった食生活は「成人病」を「生活習慣病」と変え、塩分摂取過剰が問題視され、塩物は消えていくことになりました。
大久保 洋子
次回は、2月19日 雨水(うすい)です。