芒種とは二十四節気の立夏から数えて18日目で今年は6月6日になる。芒は「のぎ」のことで「のぎ」とは籾殻にある突起の事を指し、イネや麦などイネ科の実(種)にある。籾殻の「のぎ」という名称を知ったのは授業であったか教科書だったか、私は結構知らないで過ごしていた。「芒」はすすきとも読むのでそちらの方はなじみ深かかった。6月は田植えの時期であり、小学生の低学年のころ「農繁休み」があったことを思い出し、そういえばノウハンの意味もわからず宿題も出ない休みが不思議であり、まして友達が田植えに駆り出されていたことなど知る由もなかった。現在は気候変動と稲の種類もいろいろで必ずしも田植えの時期は一定していないようである。
6月といえば梅雨、アジサイなどが思い浮かぶが同時に梅が黄色くなるころでもあり、梅干し漬けの季節である。NHKの「きょうの料理」番組の6月号のテキストは必ず梅干しの特集である。梅といえば天神様で私は東京の下町にある亀戸天神の近くに住んでいたことがある。亀戸天神は鷽替え神事と太鼓橋、藤棚が有名だが梅はもちろん境内におよそ600本近くあるという。それほど広い境内ではないので梅の花の時期は圧巻である。かつて京都の北野天満宮に行ったときに夏のひざしを受けて、漬け梅を境内で干していたのを見たことがあるが亀戸天神ではどうしているのだろうか。
またこの時期になると童謡の「うのはな」を思い出す。卯の花の真っ白い花が咲く様を「おから」にみたてて「うのはな」という。命名した人の感性には脱帽するが、この卯の花はウツギのことで空木と書く。近くの公園で見つけたウツギの写真を見るとわかるように幹の中心が空洞である。
卯の花の歌にあるホトトギスの「特許許可局」という鳴き声を聞かなくなって久しい、蛍もしかりである。
「卯の花の 匂う垣根に ほととぎす 早も来鳴きて 忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ
・・・・・・・五月やみ ほたる飛び交い 水鳥(クイナ)鳴き 卯の花咲きて
早苗植え渡す 夏は来ぬ」
おからは豆腐を作るときにできる「しぼりかす」であり、おから・うのはな・きらず(雪菜花)といくつかの素敵な名称がある。豆腐は大豆が原材料であり、大豆、豆腐は米に次ぐ和食の代表的な食材、食品であるといえる。最近は豆乳も牛乳代わりに人気があるが、おからは豆乳を作るときに出る「かす」でもある。最近は機械絞りなので本当にカスカスになってしまうが、手絞りでつくると絞り方がゆるいのでおからとはいえ旨味も十分残っている。しかし、手絞りのおからを販売する個人経営の豆腐屋さんは本当に見かけなくなった。最近まで都内でも昭和時代の町の手作り豆腐店は何軒か必ずあり、水槽に浮かばせた白い四角の塊を、手の上で大きな庖丁を使って切り分けていた。その光景は持参の器にいれてもらった感触とラッパを吹きながら夕食時にリヤカーに積んで売り歩いている景色を思い出させる。思えば食材を家々まで売り歩くという買い手側の便利さは、江戸の長屋暮らしまでさかのぼれる景色でとても懐かしい。江戸時代の『近世職人尽絵詞』には豆腐屋の店先の様子が描かれ、おばあさんが油あげをあげている様子が時代をスリップさせる。昭和のお豆腐屋さんの原料の大豆もおそらく田んぼの畔で作られた現地産であったに違いない。おなじ豆腐でも現代ものとはおいしさはかなり違っていて、おいしそうである。料理と味わいの関係は時と場所、時代によって変化するので、味わいの記憶は貴重なものであることを心すべきとこの頃つとに感じています。
今回で最終となります。長い間ありがとうございました。
大久保 洋子