タラの芽の天ぷらが好物だ。広島に住んでいる私の母親は私の母親らしく、近所の山に年間100回近く登る。途中にタラの芽があるそうでそれを東京に送ってくれる。それで家で揚げて天ぷらにするのだけれど、どうしてもサクッとしたいい食感が出せない。時間が立てばすぐしんなりしてしまう。
30代の半ばぐらいの頃、週に何度も飲み歩いている知り合いが連れて行ってくれた天ぷら屋さんで食べたタラの芽の天ぷらが驚くほど美味しかった。少し荒い塩をつけるだけなのだけれど、タラの芽の香りと、衣のサクッとした食感が同時に口の中に広がるのだ。たしか春の山菜天ぷらというメニューだったが、三回お代わりして、それでも全く胃にもたれる感じがなかった。あれ以来、ずっとあのような天ぷらを作りたいと思って挑戦し続けているが、うまくいったことがない。
学生時代に陸上部の寮では、一年生が週に一回寮生全員のご飯を作ることになっていた。まだ栄養学とかそんな知識がそれほど広がっていない頃だ。なんでもいいからお腹がいっぱいになるものを作れと言われて、毎週メニューを考えては40人分の料理を作っていた。
そんなわけで、必要に迫られてとにかく切ったり、炒めたりと、大量にこなした。だがそれほど嫌ではなく、自分で料理をするのが好きなんだなとその時に気がついた。20歳ぐらいだったから、かれこれ27年ぐらい料理をしている。
それで天ぷらだ。衣を冷やしたらいいと書かれていたので試したこともある。ビールを入れたらいいと言われて試したこともある。天ぷら鍋の問題かなと思ってかっぱ橋で買ったこともある。でもどうしてもあの店の食感が出ない。もう一度あの食感を確かめたいと思うのだが、肝心の店がどこだったのか思い出せない。確か新橋の通りのどこかだったと思うのだけれど。もしかしてどこかに移動したり、店を閉じてしまったのかもしれない。
家族はタラの芽が好きじゃない。今日もダメだったかと言いながら、タラの芽の天ぷらを一人で食べて、日本酒を飲む。何が違うんだろうなあと、タラの芽の衣をあらゆる方向から眺めてみる。47歳、春を迎えるのはあと3,40回ぐらいだろうか。どうにかコツを掴んで自分の家であの食感を出してみたい。
Deportare Partners 代表 為末 大

